64年
西暦64年、ローマで大火事が起こります。この事件がきっかけで、ネロは暴君の名を確立することになるのでした。
ベン・ハーでお馴染みの戦車レースが行われたローマの大競技場はチルコ・マッシモと呼ばれます。ラテン語では、キルクス・マクシムスと言うのですが、キルクスは競技場、マクスムスは最大のという意味ですので、最大の競技場でありました。収容人数は何と10万人以上もあったそうです。そのチルコ・マッシモで火災が発生しました。その炎はローマ市街に燃え移り、ほとんどの建物を焼き尽くし多くの犠牲者を出しました。
ネロはローマ市街の復興の手始めとして、わざわざローマの中心部に広大な黄金の宮殿ドムス・アウレアの建築を始めました。広さは50ヘクタールとも150ヘクタールとも言われ、ローマン・コンクリートを用いた革新的な建築でした。宮殿の構成は、庭園を中心に多くの建築物が複合したもので、入り口には大列柱廊と37mにも及ぶ高さのネロのブロンズ像を配置していました。また、天井から花びらと香水が降り注ぐ食堂や、天井が回転するドームなどで造られていました。これを見た市民は、ネロがこの宮殿を建てたかったから放火したのだと噂し始めたのです。
火事に対しては全力で対処し、新しいローマの象徴として奮発したドムス・アウレアのせいで犯人にされたのではたまったものではありません。ネロはこの風評を収めるべく、当時流行始めていた新興宗教のキリスト教の信者を放火犯として処刑しました。多神教のローマ伝統宗教に対し、一神教のキリスト教を良く思わない市民もいたのです。しかし、この処刑はローマ帝国による最初のキリスト教弾圧となり、キリスト教世界はネロを暴君として明確に位置付けたのであります。なお、新約聖書「ヨハネの黙示録」にある獣の数666は、ネロの別名ネロ・ケーザルを意味します。なぜなら、ネロ・ケーザルはヘブライ文字でNRVN QSRと表記し、これらの文字は50,200、6、50、100、60、200を意味し、合計すると666になるからです。
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